白いベンツとの出会いがボクを変えた By 斉藤太吾 [2007.1] | TOP > web マガジン > コラム バックナンバー > 斉藤太吾 |
D1ドライバーのコラム第7回目は、D1グランプリ2004年 Rd.3から、ドリフトでは不利といわれている4ドアセダンで参戦している斉藤太吾選手にスポットを当ててみたよ! まだまだD1での入賞回数は少ないけど、ぶっちぎりの進入速度でアツイ走りをみせてくれる若手のホープ。一見、クールで無口な印象な斉藤選手だけど、実はけっこうなお茶目さんだったりする。というわけで、普通のひととはちがった趣味感やドリフトにはまった秘話を語ってもらおう! | ||||||||||||||
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ボクをドリフト界へ導いた意外なクルマ ボクはバイク好きの父親の影響で、子供の頃からバイクが好きだったんだ。だから、16歳になってバイクの免許を取ってからは友達を誘って、しょっちゅうツーリングに行ってたんだよね。そしてある時、軽井沢に泊まりがけでツーリングに行ったときのこと。通りがかった峠でなにやら怪しい雰囲気のひとだかりを発見。そこでは、スカイラインやシルビアなどのクルマがドリフトをしてたんだけど、中でも1台だけボクの目線を釘付けにしたクルマがあったんだ。 そのクルマは白いベンツで、しかもでっかいセダン。そんなクルマがドリフトしている姿を見て「すげ〜、ボクもやってみたい!!」って、一発で思ったんだ。あの巨大なクルマがドリフトしてると、それはそれはすごい迫力で、いまでも頭のなかに焼きついているんだ。 その時、ボクはまだクルマの免許を取れる歳じゃなかったから、18歳になるのが待ち遠しくってさ。寝ているとき、自分ではまだ味わったことのないドリフトの夢を頻繁にみちゃってたくらいだもんね。いまボクが4ドアセダンを好んで乗っているのは、このクルマのインパクトが大きかったというのもあるかもしれないね。 36時間ぶっ通しのドリフト猛特訓 衝撃のドリフトシーンを見てから数ヵ月後、ようやく免許を取得! と、ここまでは良かったんだけど「ドリフトしてるようなクルマは買っちゃダメ!」って親の猛反対があって、ヨーロッパ車が好きな父親の洗脳(?)によって、ミニクーパーに乗ることに。だけど、ミニクーパーがFFだろうがなんだろうが「ドリフトには不向き」なんてことは知らない時期。初心者なのにもかかわらず、いきなり激しい走りにチャレンジして、即廃車‥‥。その後は、もう親の意見なんか聞かずに、S13シルビアを買ったよ。けれど、当時はクルマについて本当に何も知らなかったから、シルビアって名前がついてればなんでもいいのかと思って、NAモデルのQ’sを買っちゃったんだ。もし知識があったら、パワーがあってドリフトさせやすいターボモデルにしてたのにね‥‥。 で、とにもかくにもドリフトというものをやってみたいという一心で、向かった先は某峠のワンコーナー。ドリフトに関して無知だったから、どうやったらクルマが滑るのか、っていうところから試行錯誤。誰に教わるわけでもなくひたすら練習‥‥。 それでも、やればやるほど上達していくのがおもしろくて、給油と食事休憩はとったものの、気づいたら36時間ぶっ通しで練習していたなんてこともあったな。しかも1コーナーのみ! さすがに、それだけ練習すれば、右も左もほぼ完璧に流せるように上達してたんだよね。ま、そのあと、サイドの引きすぎで腕がパンパンになって、ものすごい筋肉痛になったのが「36時間ドリ」よりも大変だったかな。(笑) あと“ひとりぼっち”がキライなボクの性格を知ってか知らずか、36時間の練習の間、バイク乗りの友達2人が交代で付き合ってくれてさ。その彼らの忍耐力のおかげでボクが一気に上達できた、ともいえるんだ。だから、いまでも感謝しています! しかし、そのS13シルビアともたったの2週間でお別れ‥‥。というのも、1コーナーだけは完璧にドリフトができるようになった自信からか『直ドリ』にチャレンジ。がしかし、アッサリ木に突っ込んで廃車にしてしまいました。アハハ‥‥。その後にRX-7(FD3S)に乗ったんだけど、直ドリの練習中にまたもやミスッて廃車。当時は本当に『直ドリ』が苦手だったんだよねー。 「サル」と「ワニ」にメロメロです そうそう、ボクって「動物」が大好きなんだ。犬や熱帯魚など一般的にメジャーなペットだけじゃなく変わった動物まで、今でもだけど、数多くの動物を飼っていました。高校生の時は3年間くらいサバンナ・モンキーっていうサルを飼っていて、家の中で一緒に遊ぶときはオムツを履かせたりしてさ。赤ちゃんの時からウチで飼ってたんだけど、ほんとに可愛いかったんだよ〜。それからは爬虫類も大好き! ヘビはうちの親が完全にNGだったから我慢したんだけど、イグアナやワニは何匹も飼ってたんだ。「ウチでワニを飼ってるんだ」っていうと、ビックリされることが多いんだけど、メガネカイマンっていう種類のワニは、見た目にも愛敬のある子だから、誰でも飼いたくなると思うんだけどなぁ〜? 実はこんなスポーツが得意なんです 好きなものといえば、バトミントンも“アツイ”っす。じつはバトミントン歴は15年! うちの両親がバトミントンをやっていたんだけど、ほら、小学生のころって、みんなもそうだと思うけど、身近にあるものやできごとになんでも興味をしめすじゃない? それがキッカケではじめたんだよね。高校はバトミントンの推薦でいって、毎日毎日地獄のような練習生活を送っていたんだ。その経験があったから、さっき言った「36時間ドリフト」の練習も苦じゃなかったのかもね。自分で言うのもなんだけど、こう見えてもバトミントンは所沢ではトップレベルの腕前だったんだよ。だから高校を卒業したあとは、地元ジュニアの子供たちや小、中学生のコーチとして教えに行ってたんだ。 数年前のボクは、バトミントンの練習へ行って、そのあとにドリフトの練習って生活の繰り返しだったね。今はD1が忙しくて、大好きなバトミントンからちょっと遠ざかり気味なのが寂しいかな。 太吾先生って呼んでください!(笑) じつはボクの実家は「保育園」をやっているんです。そんな経緯から、ボクも家業である保育園に勤務しています。意外でしょ? 子供が大好きだから一緒に遊ぶのも楽しいんだよね。ときにはからかわれたりもするけど、それも楽しいしね。ちょっと照れくさいけど園児には、『太吾先生!』って呼ばれてるんだ。(笑)ボクの業務は、保育園で飼っているウサギやモルモット、ニワトリ、犬などの動物の世話をしたり、遊具のメンテナンスがメイン。それと遠足やイベントの時なんかは保育園バスの運転手をしているんだ。 今年もイケイケでD1がんばります! ボクがD1選手になった経緯は、2004年に「選考会に出てみたら?」と仲間に勧められたのがきっかけ。で、試しに出場してみたらナント準優勝をゲット! いきなりD1選手になってしまいました。あの時、仲間からのひと言がなかったら、今のボクはいないだろうね。その選考会に出る前は峠がメインで、サーキットへはたまにしか行かなかったから、まさか準優勝できるなんて思ってもみなかったよ。 D1選手になったはいいけど、その時じつは「わー、これからどうしよう?」って困惑しちゃってたんだよね。けれど、D1選手になって良かったことは、今まで派手でうるさいクルマに乗っているのに反対していた家族から認めて貰えるようになったこと。今では家族が全面的に応援してくれているんだ。 2007年も去年とおなじく、イケイケの進入スピードで魅せるドリフトは任せてヨ! そして、ボクのD1マシンに2Jエンジンを搭載する計画も進行中だから、注目&応援よろしくね! |
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